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広島地方裁判所 昭和46年(ワ)753号 判決

原告 和泉秀明

原告 和泉サツキ

原告 小早川博子

右原告ら訴訟代理人弁護士 三浦強一

同右 岡秀明

被告 株式会社宇品造船所

右代表者代表取締役 仁田亮三

右訴訟代理人弁護士 中村勝次

同右 三宅清

同右 末国陽夫

被告 有限会社共立工業所

右代表者代表取締役 平山貞一

右訴訟代理人弁護士 開原真弓

右訴訟復代理人弁護士 河村康男

主文

被告らは各自原告和泉秀明に対し金二五五万四、三七四円、原告和泉サツキに対し金一八九万三、七一〇円、原告小早川博子に対し金二一五万四、三七四円およびこれらに対する昭和四四年九月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その二を被告ら、その余を原告らの負担とする。

この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告らは各自原告和泉秀明、原告和泉サツキに対し、それぞれ金三六九万九、〇四〇円、原告小早川博子に対し、金三一九万九、〇四〇円およびこれらに対する昭和四四年九月二〇日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  第一項につき仮執行宣言。

二  被告ら

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因(原告ら)

1  事故の発生

訴外亡和泉義美(以下亡義美という。)は被告有限会社共立工業所(以下被告工業所という。)に塗装工として勤務していたが、昭和四四年九月二〇日午後三時三〇分ごろ、被告宇品造船所(以下被告造船所という。)の構内で、被告工業所が被告造船所から塗装工事を請負って建造中のタンカー万寿(二、九〇〇トン)の船尾アフターピークタンク(清水タンク)内側の吹付塗装工事(以下本件工事という)に従事中、同タンク内に充満したガスが爆発し、この爆発事故(以下本件事故という。)により全身火傷Ⅳ度の傷害を負い、そのため即死した。

2  被告らの責任

(一) 本件工事においては、引火性の強いキシレン等の蒸気が発生するアルミリッチペイントを塗料として使用していたのであるから、閉鎖的な船舶内でかかる危険な工事を行う場合には、船舶建造業者であり、本件工事の発注者である被告造船所、および、亡義美の雇主である被告工業所としては、通風装置を施すか、または、通風装置を施しても、前記タンク内においてキシレン等の蒸気がなお爆発の危険性のある濃度に達する慮れがある場合には、防爆灯を使用させる等の措置を講じて爆発事故を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、何ら通風装置を施さず、また、防爆性能を有しない構造の移動型手持照明電灯を使用させて、亡義美に本件工事を行わせた過失がある。よって被告らは民法七〇九条により原告らの被った後記損害を賠償する責任がある。

(二) 仮りに被告造船所には前記過失が無いとしても、被告工業所は、被告造船所の下請として本社を同造船所の内におき、被告造船所は造船業のために被告工業所を使用し、用具も貸与し本件工事は被告造船所の指揮監督下で被告工業所が行ったものであるから被告造船所は民法七一五条により損害を賠償する責任がある。

3  損害

(一) 逸失利益

(1) 亡義美は、死亡当時五二才の健康体であって、その平均月収は、塗装工としての給料が月平均五万円、自宅における農耕の収入が月平均四万四、〇〇〇円で、合計九万四、〇〇〇円であった。

(2) 亡義美は、もし本件事故がなかったならばなお一一年間就労可能であったから、ホフマン式計算により中間利息を控除した金六五九万七、一二〇円の損害を本件事故により被ったところ原告和泉サツキ(以下原告サツキという。)は亡義美の妻、同和泉秀明(以下原告秀明という。)および小早川博子(以下原告博子という。)はいずれも亡義美の子であって同人の共同相続人として同人の死亡により右損害賠償請求権をそれぞれ三分の一ずつ各金二一九万九、〇四〇円を相続により取得した。

(二) 原告らの慰謝料

(1) 原告サツキは、家庭の主柱たる夫を失い、原告秀明の将来の養育を独りで行うこととなり、その精神的苦痛は甚大であり、その慰謝料は金一五〇万円が相当である。

(2) 原告秀明は昭和二八年五月生れで、本件事故当時は高校生であり実父亡義美の養育を受けていたが、実父を失ったことにより受けた精神的苦痛および経済的困窮は甚大であり、その慰謝料は金一五〇万円が相当である。

(3) 原告博子の最愛の父を失った精神的苦痛は甚大であり、その慰謝料は金一〇〇万円が相当である。

4  よって、原告らは被告らに対し、共同不法行為による損害賠償として被告らが各自原告秀明、同サツキに対し、それぞれ金三六九万九、〇四〇円、原告博子に対し金三一九万九、〇四〇円およびこれらに対する不法行為の日である昭和四四年九月二〇日から右各金員支払ずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告造船所)

1 1の事実中、亡義美の火傷の程度は不知。その余の事実は認める。

2 2(一)の事実中被告造船所に原告ら主張の過失があったとの点は否認する。被告造船所はかねてより、被告工業所に対し、本件の如き場所における塗装工事を施工させる際は、通風装置を施すは勿論、付近における火気禁止、関係者以外の立入禁止等万全の措置を講じて、事故の発生を未然に防止すべく指示注意をなし、被告工業所においてもこれを遵守して施工し従来事故の発生をみなかったものであり、本件工事についても同様の指示注意をなし、通風換気の設備が容易なようにして発注したのであるから、被告造船所は注文者として被告工業所に請負わせるにつき、注文または指図について過失がない。

2(二)の事実は否認する。

3 3(一)(1)の事実は不知。同(2)のうち原告らの身分関係は認め、その余は争う。

3(二)および4の事実は争う。

(被告工業所)

1 1の事実中、亡義美の火傷の程度は不知。その余の事実は認める。

2 2(一)のうち、被告工業所に原告ら主張の過失があったこと、および、右過失と本件事故との間に因果関係があるとの事実は否認する。

3 3(一)(1)の事実は不知。同(2)のうち原告らの身分関係は認める。

3(二)および4の事実は争う。

三  抗弁

(被告工業所)

1 過失相殺

仮りに、本件事故の発生と移動型手持照明電灯の使用との間に因果関係があるとしても、同照明電灯は、引火性の強いキシレン等の蒸気が爆発の危険のある濃度に達するおそれがある前記アフターピークタンク内において使用してはならないにもかかわらず、亡義美が使用したものであるから、本件事故の発生については同人にも過失がある。

2 遺族補償による損害賠償額への充当

原告らは、労働者災害補償保険により遺族補償として、左記のとおり合計金六六万〇、六六四円の支払を受けた。

昭和四四年一〇月              金一万四、四〇五円

昭和四四年一一月から昭和四五年一〇月まで 金一五万九、五七〇円

昭和四五年一一月から昭和四六年五月まで  金一二万八、二七五円

昭和四六年六月から同年一〇月まで      金六万六、四八五円

昭和四六年一一月から昭和四七年三月まで   金六万五、九八五円

昭和四七年四月から昭和四八年三月まで   金二二万五、九四四円

なお、原告サツキは、昭和四八年四月からその生存中、少くとも毎年金二二万五、九四四円の支給を受ける。

(被告造船所)

請求原因3(二)に対して

たとえ被告造船所が被告工業所を使用する関係にあったとしても、被告造船所は、被告工業所の選任および事業の監督につき、請求原因に対する認否2記載の如く相当の注意をなしていた。

四  抗弁に対する認否(原告ら)

被告工業所の抗弁1および被告造船所の抗弁の各事実は否認する。

第三証拠≪省略≫

理由

第一本件事故の発生

請求原因1記載の日時場所において、亡義美が本件工事に従事中、本件事故が発生し、このため同人が全身火傷を負って死亡した事実については当事者間に争いがない。

第二本件事故の原因

一、本件事故の概要および事故発生時の状況

≪証拠省略≫によると以下の事実が認められる。

1、亡義美は昭和四四年九月二〇日昼頃、被告工業所取締役兼現場責任者の平山正人から、同僚の中村朝彦(以下中村という)と共に広島市元宇品三〇〇番地先岸壁で艤装中のタンカー万寿の船尾アフターピークタンク(以下タンクという。)内部を塗装するよう命ぜられた。

2、そこで、中村は午後二時半頃、通気用エアホースのついたマスクをつけ、塗料のアルミリッチペイントを吹付けるエアレスガンおよび照明用の移動灯(防爆性能を有しないもの。)をもってタンク内に降り吹付塗装工事を始め、亡義美はタンク上部の工事孔入口付近で、塗装の混合・調整と右マスクおよびスプレーガンに通ずるホース、移動灯に通ずるコードを操作していた。

3、タンクは後記のような構造であるが、中村は最後に残った右舷側の床部分の塗装を行おうと、工事孔下の部分から右舷側に行く間仕切の穴より顔をのぞかせたところ、背後で爆発音が聞こえ振りかえってみると、工事孔下のタンク左舷側の部分は赤白い火で覆われていた。

4、中村は持っていた移動灯とニアレスガンを投げ捨て工事孔よりタンク外に脱出したが、その際亡義美は工事孔にかぶさるように倒れていた。

5、爆発音を聞いて被告工業所の従業員が駆けつけてみると工事孔からは熱い蒸気が吹き出し、周辺のホース、コード等が燃え付近には煙が立ちこめていた。

右のとおり認められこれに反する証拠はない。

二、タンクの構造および事故後の調査結果

≪証拠省略≫によると以下の事実が認められる。

1、タンクは船尾部分にあって、容積は七〇立方メートルで、鉄製の隔壁によりたて方向は船の中心線で、横方向はこれと直角のタンク中央部分の線で四つの部分に区切られている。タンクは清水貯蔵用のもので、右隔壁には直径二〇ないし二五センチメートルの通水用の穴が合計三〇ほどあけられており、そのほかに人がくぐり抜けるための穴が数個あった。

2、タンク内へは工事用に臨時に設けられたタンク左舷側船首部分の上部の工事孔(四一センチメートル×四五・五センチメートルの矩形)を通じておりるようになっている。このほかタンク左舷側船尾部分上部にはマンホール(長径四四センチメートル短径三五センチメートルのだ円形)が開口している。本件事故当時、タンク内の塗料蒸気を外部に排出するため、このマンホールには五馬力のファンがとりつけられタンク内の蒸気はダクトを通じてハッチより外部に排出されていた。

3、事故後の調査によると、工事孔直上の天井部にある配管バルブ等には黒色の微粉粒子のすすが付着し、この部分を中心として工事孔の設置されていた通路全体の天井や壁は全面にわたって淡黒色に変色していた。そして工事孔の側方の壁面には亡義美の血痕が付着していた。一方タンク内については、工事孔の下方周囲が長さ一〇センチメートルにわたって淡黒色に変色し、中心線の仕切壁には血痕が長さ一メートルにわたり工事孔の方向から飛び散っていたが、そのほかの部分には爆発火災を思わせる痕跡は認められなかった。

右のとおり認められこれに反する証拠はない。

三、アルミリッチペイントについて

≪証拠省略≫によると、本件工事に用いられたアルミリッチペイントは、キシロール、メチルイソブタルケトン、アルミ粉など極めて可燃性の高い物質が全体の五二・五パーセントを占めており、これが空気中に一ないし一二パーセント遊離した状態の下では、たとえばスプレーガンを鉄製の隔壁に接触した際生ずる火花等の簡単な点火源によって容易に爆発を起こすことが認められる。

以上の事実を総合すると、本件工事に伴いタンクの内部には、アルミリッチペイントから発生したキシロール等の蒸気が滞留し、その濃度が爆発可能な程度に達し、この蒸気にタンク内部の工事孔真下付近に点火源が存しそのため、右蒸気が爆発した事実を推認することができる。しかし、本件の全証拠によるも、右点火作用が中村の使用していたスプレーガンが鉄製の隔壁等に接触して火花を発生したことによるものか、同人の使用していた移動灯が防爆性能を有しない構造のものであったことによるものか、あるいはアフターピークタンク外部から火が入ったことによるものか、さらには他の原因によるものかを確定することはできない。

第三被告らの過失および責任

一、右のように本件事故の直接の原因たる引火事由を確定することはできないが、本件工事の際生ずるガスが前記のように極めて引火性が強いことと、前認定のタンクの構造とをあわせ考えるならば、そもそもタンク内に爆発可能な濃度のガスを滞留させるべきではないと考えられるので、以下被告らに右の点につき過失がなかったかどうかを検討する。

二、被告造船所と被告工業所の関係

≪証拠省略≫によると以下の事実が認められる。

1、被告工業所は被告造船所より船舶の塗装工事を専属的に請負い、被告造船所から防爆灯などの用具の貸与を受け、事務所も被告造船所構内に置いていた。

2、被告造船所は被告工業所に塗料の種類を指定し、塗装工事は被告両者の打ち合わせの際、被告造船所より被告工業所に工事工程表を渡して指示する形で行われていた。

3、塗装工事の際は、あらかじめ被告造船所の従業員が火気使用禁止の掲示や立入禁止のロープを張り、さらに塗装現場付近を見廻り、自社や被告工業所の社員に注意を与えることにしていた。

右のとおり認められこれに反する証拠はない。

かかる事実関係の下においては、被告造船所と下請業者たる被告工業所との間には後者が組織的に前者の一部門であるかの如き密接な関係があり、被告工業所の塗装工事実施に際して両者が共同してその安全管理に当っていたと認めるべきであり被告工業所の従業員の安全確保のためには、被告造船所の協力が不可欠と考えられるから被告造船所は被告工業所と共同して安全管理に当り事故の発生を未然に防止すべき注意義務があると認められる。この点に関する被告造船所の主張は理由がない。

三、被告らの過失

本件事故は、さきに述べたようにアルミリッチペイントから発生したキシロール等のガスがタンクの内部に爆発可能な濃度で滞留していたことにそもそもの原由があった。

従って、十分な通風装置を設けてアルミリッチペイントから発生するガスを船外へ排出し、一方外部から新鮮な空気を送り込むなどの措置をとっておれば、本件事故は未然に防止できたであろう。ところで、前認定のように本件工事時には、排気用としてタンク左舷船尾部分の上部に設けられた長径四四センチメートル、短径三五センチメートルの楕円形のマンホールに、五馬力のモーターで回転する排気用のファンが設置され、ファンからダクトを通じてタンク内のガスを排出していたのみであり、タンクはこのほかには長さ四一センチメートル、幅四五・五センチメートルの矩形の工事孔があるだけの密閉構造であり、その内部は、縦方向および横方向に設けられた鉄製の隔壁で四つの部分に仕切られ、隔壁には直径二五ないし三〇センチメートルの通水孔が合計三〇ほど、および人の通行用の穴が若干設けられていたにすぎない。

そして、≪証拠省略≫によればアルミリッチペイントから発生するガスは空気より重くタンク下部に滞留することが認められる。これらの事実からすれば、本件のごとき排気設備がタンク上部の、しかも通水孔等があるとはいえ四つに区切られたうちの一区画のみに設けられただけでは、到底タンク内全体にわたって、アルミリッチペイントから生ずるガスを爆発可能濃度に達しないようにタンク外に排出することは不可能といわざるをえない。≪証拠判断省略≫本件において排気を十分に行なうためには、前記マンホール以外の部分にも排気孔を設けて、そこに排気用のファンおよびダクト等を設置し、さらに外部より空気を送りこむべきであった(前記のように工事孔は工事のため臨時に設けられたのであるから、さらに排気孔を設けることは不可能を強いるものではない。)ということができる。

≪証拠省略≫によれば、被告工業所および被告造船所はいずれも、アルミリッチペイントが引火性の強い危険な塗料であることを熟知していた事実が認められる。このような塗料を用いて本件タンクの如き場所で塗装工事を行う場合においては、被告らは前記のように両者共同してタンク内のアルミリッチペイントから発生したガスをタンク外に排出するための万全の通風措置を講じ、もって爆発事故の発生を未然に防止する注意義務があるということができる。被告らには、右の注意義務を怠って本件事故を発生させた過失があり、本件事故によって生じた損害を連帯して賠償する責任がある。

四、亡義美の過失

なお、本件事故の発生につき亡義美にも過失があったか否かを判断するに、本件工事のような場合防爆性能を有しない移動灯を用いることは極めて危険であって法令で禁止されているところであるが、本件において移動灯を使用していたのは中村であるからこの点について特段の事情が認められない以上亡義美の過失を問うことはできず、また、亡義美は被告工業所の従業員であるが訴外中村を指揮監督すべき立場にはなく、又被告工業所に対し前記アルミリッチペイントの発生ガスを排出する通風装置の完備を指示しうる立場にもなかったと認められるから同人に被害者として過失を認めることはできない。その他亡義美に何らかの過失があったことを認めるに足る証拠はない。

第四原告らの損害額

一、亡義美の得べかりし利益の相続

1、≪証拠省略≫によれば、亡義美は死亡当時五二才の健康体であり、その収入は、塗装工として被告工業所より支払を受ける給料が月平均金二万三、〇〇〇円、自宅における農耕の収入が年平均金四万五、〇〇〇円、牛の飼育による収入が年平均金一三万円であった事実が認められる。よって亡義美の本件事故当時の年間収入は合計金九四万六、〇〇〇円であり、家族数等からして同人の生活費は、収入の五割を超えないものと認めるのが相当であるから、年間純収益は右割合の生活費を控除して少くとも金四七万三、〇〇〇円になるところ同人は、本件事故がなければ六三才までの一一年間就労が可能であったと認めるのが相当であるから、本件事故により同人が喪失した得べかりし利益は、右金額から年五分の割合による中間利息をホフマン複式計算法により控除した(ホフマン係数八・五九〇一一〇七七)金四〇六万三、一二二円である。

2、請求原因3(二)の亡義美と原告らの身分関係は当事者間に争いがないので、原告らは、亡義美の本件事故により喪失した得べかりし利益に対する賠償請求権をそれぞれ三分の一ずつ各金一三五万四、三七四円を相続承継したというべきである。

3、原告らは、被告工業所の抗弁2の事実を明らかに争わないから、これを自白したものとみなすところ、労働者災害補償保険法(以下保険法という)一六条の二の三項によれば、本件の場合原告サツキが第一順位の遺族補償年金受給権者であるから原告サツキが前記遺族補償年金の総額金六六万〇、六六四円を受給したことになる。そして、労働基準法(以下基準法という。)八四条一項は、同法による災害保償と保険法による災害保償とを同趣旨のものとして等しく取り扱っていると解されるので、同条二項を準用して、原告サツキが既に受給した右金員を、同人が承継した前記損害賠償請求権の額より控除する。

被告工業所は、原告サツキは昭和四八年四月から生存中遺族補償として毎年金二二五、九四四円の支給を受けるので、その限度で被告らは損害賠償の責を免れる旨主張するが、保険法所定の災害補償請求権と民法上の不法行為に基づく損害賠償請求権とは併立重畳の関係にあるものであって前記基準法八四条二項は衡平の見地から使用者が既に補償を現実に行った場合にはこの額を損害賠償額より控除することを定めたのにすぎないから原告サツキが将来遺族補償としていかほどの金員の支給を受けるかは、本件の損害額の算定にあたって考慮すべきではない。よって、右の点に関する被告工業所の主張は理由がない。

二、慰謝料

≪証拠省略≫によれば、原告サツキは訴外義美と昭和一八年に結婚し、同人の死亡に至るまで同居しており、その間昭和一九年には原告博子が、昭和二八年には原告秀明が生れ、原告博子は昭和四〇年に他に嫁したこと、亡義美は一家の経済的主柱であったことが認められる。右の事実と本件事故の態様その他諸般の事情を総合すれば、原告サツキの夫を失ったことによる精神的苦痛、原告秀明および原告博子の実父を失ったことによる精神的苦痛を慰謝するためには、原告サツキおよび原告秀明については金一二〇万円、原告博子に対しては金八〇万円がそれぞれ相当である。

三、合計額

よって、原告らの損害賠償を請求し得る額は、原告秀明が金二五五万四、三七四円、原告サツキが金一八九万三、七一〇円、原告博子が金二一五万四、三七四円である。

第五結論

以上の事実によれば、原告らの本訴請求は、原告秀明に対し金二五五万四、三七四円、原告サツキに対し金一八九万三、七一〇円、原告博子に対し金二一五万四、三七四円およびこれらに対する不法行為の日である昭和四四年九月二〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文とのおり判決する。

(裁判長裁判官 田辺博介 裁判官 海老澤美廣 広田聡)

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